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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)2889号 判決

神戸市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

齋藤護

東京都中央区〈以下省略〉

被告

協栄物産株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

矢島惣平

主文

一  被告は、原告に対し、金四五八万六五六〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金七二二万〇八〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、商品取引所法に基づき各種商品の売買等を目的として昭和三三年一〇月二八日に設立された商品取引所員である。

(二) 原告は、昭和三三年○月○日生まれで、工業高校卒業以来、a株式会社に勤務し、真珠の穴開け作業に従事する者である。同人には、本件取引に勧誘されるまでは商品先物取引についての知識・経験は全くなかった。

二  商品取引の経過

(一)  被告会社の登録外務員として商品取引の勧誘業務を担当していたBは、昭和六〇年二月二〇日、原告の勤務先に「学校の先輩の紹介でかけました。」と突然電話をし、「協栄物産といいますが、今ゴムが良いのでどうですか。今買いを入れると必ず儲かりますよ。」等と言ってきた。原告が不得要領でいると、「とにかく話だけでも聞いて下さい。」と言われたため、とりあえず面会の約束に応じた。

(二)  翌二一日、Bが原告の勤務先を訪ねて来たため社員応接室で面会したところ、Bは持参したファイル等を示しながら、原告に「今ゴムを買えば必ず儲かります。」「これは学校の先輩がやって儲かりましたから、あなたも是非やってみませんか。」と執拗にゴム取引をするよう勧誘した。原告はこの勧誘により、資金として金一四〇万円必要であるが、ゴムを買って時機を見て売れば極めて短時間に必ず利益が得られると考えるに至った。

原告は到底金一四〇万円の資金を工面できなかったのでその旨Bに伝えたところ、Bは「今やらなければあなたは損をしますよ。」と、あたかも自分の言うとおりにしなければみすみすチャンスを逸する分からず屋であるかのごとき言い方をし、「お金がないなら借金してやれば短期間のことだし、借金の利子など儲けに比べれば大したことありません。」と、借入れをして資金を作るよう勧めてきた。

原告は、この取引の仕組は分らないながら、何度となく本当に儲かるのかと質問したところ、Bはその都度絶対間違いない旨返答した。

しかし、原告は借金してまで始めたいとも思わなかったので、その旨をBに伝えたところそのまま帰ったのでこの話はこれで終了したものと思っていた。

(三)  ところが、翌二二日午前中、勤務中の原告に対し、Bから再度電話があり興奮した口調で「今立会中で、目の前にお値段が出ています。あなたに見せられないのが残念です。今買わないと後で絶対損をしますよ。」等と、今注文を出さない人の気がしれないと言わんばかりにまくし立ててきたため、原告は仕事中のこともあり、Bの意気込みにつられるように「それではやります。」と返答してしまった。

これにより、原告は被告と神戸ゴム取引所の商品市場におけるゴムの売買取引の委託契約を締結した。

(四)  翌二三日の昼休み時間中にBが原告の勤務先を訪れ、「商品取引のしおり」を示し、署名押印を求めた。このときBは、右「しおり」中の用語を簡単に説明したのみで「後は読んでおいて下さい。」と言って原告に交付した。

この時点で原告がこの取引について理解していたのは、ゴムを買って値段が上がったときに売れば利益が得られるものであるとの単純な内容であり、出資した元金がなくなることがあるとは夢にも思っていなかった。

(五)  原告は手持資金がなかったので、二月二一日にはBから電話でその名を聞いたサラ金業者「アコム」から、翌二二日にはBに連れられて「レイク」「武富士」から、合計金一四〇万円の融資を受けた。原告がサラ金業者から借入をしたのはこれが初めてであった。

(六)  商品取引を開始してからは、被告会社大阪支店営業一課の課長C(Bの勧誘直後の取引から同年四月一七日午前の取引までを担当)及び同社営業二課長D(同午後の取引からCの後任として最終の取引までを担当)が原告との取引を担当するようになったのであるが、同年二月二六日ころ、Cから電話があり、暴落したので追証金を入れるよう要求してきた。原告は追証金の意味さえ理解していなかったが、これは単なる数字上のことで必ず上がるし、追証金を入れなければ今までの出資金が返ってこないといわれたためそれを信用するしかなく、やむなくまた借金をして出資した。

(七)  その後、ゴムが値上がりして利益が出ていると思われたので、原告が被告会社に電話して少し利益を戻して欲しいと頼んだところ、Cは「今は儲かる時なので止めるべきではない。もう少し待つように。」というのみで原告の指示を無視して、挙げ句は同年三月二〇日に「今はゴムに動きがないので銀を買いましょう。」と言って、東京工業品取引所の商品市場における銀の売買取引の委託契約を締結させられ、一方的に銀に切換えられてしまった。そして、銀が損になると、Dは「今度は絶対損をさせませんから小豆をやりましょう。」と言って、同年五月一六日大阪穀物取引所の商品市場における小豆及び輸入大豆の売買取引の委託契約を締結させられ、更に、この取引に利益が出ると「この利益で乾繭をしましょう。」と言って、同年七月二〇日に豊橋乾繭取引所の商品市場における乾繭の売買取引の委託契約を締結させられた。

(八)  このようにして、原告は被告会社の思うままの取引を余儀なくされた。右各取引の経過は、ゴムについては別紙売買取引一覧表(一)、銀については同一覧表(二)、小豆及び輸入大豆については同一覧表(三)、乾繭は同一覧表(四)記載のとおりであり、原告は別紙入出金一覧表の証拠金入金欄記載の委託証拠金合計金五四三万円を預託した。

原告が預託した証拠金合計は金五四三万円、損失補填金合計は金八〇万円であり、原告の支出した金額の合計は金六二三万円である。

本件取引終了により、昭和六〇年一一月一日に被告から原告に清算金として金二四万九二〇〇円が返還され、したがって、最終的に原告が被告に支出したのは金五九八万〇八〇〇円となる。

3 法的主張

(一)  詐欺による不法行為

前記のとおり、原告は商品先物取引には全く知識も経験も有しない若年の工場作業員であるところ、前記B、C及びDはこれを奇貨として、この取引によって確実に儲けることができ、更に追証拠金や追加出資をすれば損失を必ず取戻すことができると虚偽の事実をもって原告を誤信させ、一方では原告の意思を思うままに操り、原告が決済を要求してもこれを拒否し、短期間に頻繁な建て落ちを繰返すことにより、原告の出資金を委託手数料等名下に騙取した。

(二)  仮に、積極的詐欺による不法行為が認められないとしても、被告従業員の本件取引における行為は次の各取締法規に違反する。違法性の強いものであるから不法行為となる。

(1) 委託不適格者の勧誘

原告は工業高校卒の現場労働者であって社会経験も皆無なので、外務員としてはまず無理な勧誘は避けるべきであり、仮に原告が商品取引に関心を示したとしても、商品取引は大きな儲けを上げる可能性がある一方で、評価益がでる取引は全注文のうち三割程度と低率であって、極くわずかな価格変動によっても証拠金額を失ってしまうような大損害が発生する可能性のある極めて危険な取引であることを噛んで含めるようにして説明を尽くし、このような危険性を十分に認識させたうえで初めて契約をとるべきである。それにもかかわらず、Bは、昭和六〇年二月二一日に原告勤務先に初めて訪れ、昼休み時間中に単に儲かることのみを強調した話をしただけで翌二二日にはいきなり注文をとっている。およそ、自己資金を越える大金を、損をする確率の高い取引に投ずるにつき、一日の猶予も許さず今すぐに決断しなければならないような理由があったとは到底信じられないことである。

このような原告に対する勧誘は、委託不適格者の勧誘として財団法人全国商品取引所連合会の定める「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「指示事項」という。)に違反するものである。

(2) 断定的判断の提供

Bは、原告に対して繰返し、「今ゴムを買えば必ず儲かります。」などと利益が確実であるかのような勧誘をなしているが、商品取引所法第九四条一項、同法施行規則一七条一号で禁止しているものである。

(3) 融資の斡旋

投機を本質とする先物取引は余裕資金によるべきであり、借入金を投入して始めたり、継続したりすべきではない。委託者に融資の斡旋を約して勧誘を行ない、売買取引を継続させることは、指示事項で明確に禁止されている。原告は、過去に一度もサラ金業者から融資を受けたことがないにもかかわらず、Bに勧められるまま、アコム外二社のサラ金業者から当面必要な委託証拠金一四〇万円全額を借入している。先物取引の危険性を原告が十分に認識していれば、到底このような借入をしたとは考えられず、これは、Bが先物取引により確実に利益を上げることができると強く保証したことによるものである。

(4) 一任売買

一任売買は、取引所定款など受託契約準則一八条によって禁止されている。商品取引は、本来委託者が自主的判断と自己責任においてなすべきものであって、他人に一任してはなしえない性質のものだからである。

本件では、原告自ら積極的に売買の指示をしたことは一度もなく、常に被告の主導に任せる状態であった。本件取引の経過は、信じられないような建て落ちの繰返しであって、このようなことを一日中真珠の穴開け作業をする原告ができる道理はない。Bらは、原告から取引の決済を求められたにも拘らず、「今は儲かるときなので止めるべきではない。」といってその指示を無視して新たな商品の売買を強引に押しつけたものである。

(5) 両建玉

両建ては、既存の建玉について手仕舞し仕切り清算する代りに、この既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てることをいう。後で追加する反対玉の量は既存玉とほぼ同一枚数であるのが普通であり、限月については異なる場合もあり得る。

通常は既存玉に評価損が生じ、追証等の問題が発生している段階においてなされるものであるが、理論上は、同一商品につき売り買いがほぼ対当し、両建て状態が続く限り、その後の相場の変動如何に拘らず両建てした時点での評価損益が計算上確定することになり、自分から進んで相殺注文を出していることになる。そして、その後手仕舞すれば手数料が必ず二倍となるわけであり、業者にとっては大きな利益となる。

他方、委託者にとっては、両建てをその後両方共利益をとって仕切ることは実際上不可能に近い。それが可能となるには、何か月か先の限月最終日までに相場が二回変動する必要があり、そうなって初めて損を取り戻せることになる。

例えば、「買い」を一〇〇枚一〇〇〇円で建てていたところ、八〇〇円になったので「売り」を一〇〇枚建てて両建てした場合を考えると、八〇〇円より更に下がった時点で「売り」を外し、相場が反転し一〇〇〇円より高くなった時点で「買い」を外し初めて利益が得られるのである。つまり、今後更に下がり、次に元の価格以上に上がることがあって、しかも、その外し時を間違わなくて初めて利益が得られるのである。

しかし、実際上このように進行することはほとんどなく、両建てには損を固定する以上の意味はないとされており、このような現実をふまえて、先物取引業界も登録外務員に対するその必携テキスト中に「両建て処理は端的に言えば、ほぼ決定的になった損失額を後日に繰越すにすぎない消極的な手段であって、局面の好転をはかることは至難に近いことであるから、未熟な委託者等に対してとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得・指導すべきである。」と記載することにより両建てを行なうことの危険性を説いている。

また、このやり方は、因果玉の放置といった形で典型的に表われてくる。すなわち、損の出ている片玉をそのままにして、逆に利益の出ている反対玉を仕切り、あたかも少しずつ利益が出ているかのように錯覚させ、経験の浅い委託者は、両建てそのものの意味さえ理解出来ていない者がほとんどであるから、片玉の損には気づかず、目の前の反対玉の利益のみに目が向いて、全体の損益判断を狂わせることになる。

本件取引を通じて、そのほとんどの期間、売りと買いが同時に建っている状態になっている。しかも、間断ない「売」「買」を繰返す一方、損の出ている玉を放置している実情が見られるのであって、被告は、単に手数料収入獲得のみを目的として、異常な頻度で売買を継続していることが認められる。

このように、被告の指示した両建て取引は、被告にのみ利益があり、原告にとっては何の利益もなく単に損失を拡大させるためだけの取引であって、極めて違法性の強いものである。

(6) 途転(ドテン)

売り又は買いを反対の方に転換することをいう。昭和六〇年四月一〇日から同月一八日まで及び同年六月一〇日から同月二四日までに典型的な機械的途転がみられる。専ら被告が手数料稼ぎのためになしたものと推定される。

(7) 手数料不抜き

売買で利益が出たが、手数料を支払うことによって損失となることをいう。本件ではこのような取引が一七回もあり原告にとっては何のための売買であったか分らない取引である。また、被告が両建にしたうえで手数料で利益の大半を抜いている例は、本件取引を通じて随所に見られる。これは、被告が手数料利益を上げるために好き勝手な取引をした結果である。

(8) 無差別電話勧誘

新規委託者の開拓を目的として、本件のように学校の卒業生名簿に基づき面識のない不特定多数者に対して無差別に電話による勧誘を行なうことは、指示事項において禁止されている。

(9) 投機性等の説明義務懈怠

商品先物取引は、わずかな価格変動による差損が多額の損失をもたらす極めて投機性の高い危険な取引であるので、指示事項は、投機要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を行なうことを禁止している。

しかるに、本件においては勧誘の当初から、サラ金から借金しても、その利子などと比べものにならないくらい儲かる安全確実な利殖の対象であるかのような虚偽の事実を並べ立てている。

(三)(1)  被告は、原告を始めとする一般の人々が商品先物取引に無知で未経験であることに乗じてあたかもこれが安全確実な利殖であるかのように欺き、更にその後は、「予想に反して損が出たので、その損を回復するため」という口実で更に委託保証金名下に金員を提供させ、最終的には「莫大な損害が発生した。」との名目で、預託を受けた金員を騙取することを業とする株式会社であって、被告は組織体としての企業活動として、原告に対しこのような詐欺又は取締法規等違反の不法行為をなしたものであるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(2) 仮にそうでないとしても、前記B、C及びDはいずれも被告の従業員であり、同人らは被告の事業の執行をするなかで原告に損害を負わせたものであるから、被告は原告に対し、その生じた損害を民法七一五条により使用者として賠償する責任を負う。

4 損害

(一)  証拠金の預託

原告は、前記のとおり、証拠金五四三万円及び損失補填金八〇万円の合計金六二三万円を被告に交付し、金二四万九二〇〇円の返却を受けたので、この返却金を控除した金五九八万〇八〇〇円の損害を受けた。

(二)  慰謝料

原告は、一介の社会人、家庭人として平穏な生活を営んでいたところ、突然被告会社の無差別勧誘電話の対象とされ、勤務中にも拘らずBから執拗で強引な勧誘を受け、取引の重要事項につき理解可能な説明を受けることなく取引に引きずり込まれ、サラ金のほか知人、身内からも借金して本件取引に注ぎ込んだ揚げ句に、甚大な損害を被ったことによる自責の念、無知を利用されたことを知った無念さなどによる精神的苦痛を慰謝するには金三〇万円をもってするのが相当である。

(三)  弁護士費用

原告は、本訴の提起及び訴訟追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬の支払を約したので、本訴請求額の約一割五分に相当する金九四万円が右不法行為と相当因果関係にある損害となる。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害金七二二万〇八〇〇円及び原告が被告に最終の証拠金を預託した日である昭和六〇年一〇月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)は認め、(二)のうち、原告が昭和三三年二月四日生れで、工業高校卒業以来、a株式会社に勤務し、真珠の穴開け作業に従事する者であることは認め、その余は否認する。

2  同2の商品取引の経過のうち、B、C及びDが被告会社の従業員であること、Bが昭和六〇年二月二〇日ころ、原告に電話して面会の約束をしたこと、本件商品先物取引の委託契約に際して、Bが商品取引委託のしおりを交付し、その内容につき説明したこと、原告がその受領書に署名・押印してBに交付したこと、原告は被告と昭和六〇年二月二二日に神戸ゴム取引所の商品市場におけるゴムの売買取引の委託契約を、同年三月二〇日に東京工業品取引所の商品市場における銀の売買取引の委託契約を、同年五月一六日に大阪穀物取引所の商品市場における小豆及び輸入大豆の売買取引の委託契約を同年七月二〇日に豊橋乾繭取引所の商品市場における乾繭の売買取引の委託契約を締結したこと、右各取引の経過は、ゴムについては別紙売買取引一覧表(一)、銀については同一覧表(二)、小豆及び輸入大豆については同一覧表(三)、乾繭は同一覧表(四)記載のとおりであり、原告が被告に対し、別紙入出金一覧表の証拠金入金欄記載の委託証拠金合計金五四三万円を預託し、損失補填金として合計金八〇万円の支出をなし、本件取引終了により、昭和六〇年一一月一日に被告から原告に清算金として金二四万九二〇〇円が返還したことは認め、その余の事実はいずれも否認ないし争う。

原告は、C、Dと頻繁に電話連絡をなすなど、本件商品取引に非常に熱心に関与しており、いずれの取引も完全に原告の自発的な意思に基づいてなされたものであって、仮に、Bらの行為の一部が指示事項に違反するとしても、本件取引が違法となるものではなく、また、違法な行為と原告の損害との因果関係はない。

3  同3のうち、(一)は否認し、(二)のうち、原告主張の指示事項の規定があることは認め、その余は否認し、(三)のうち、(1)は否認し、(2)のうち、B、C及びDが被告会社の従業員であることは認め、その余は否認する。

4  同4は否認する。

(過失相殺の適用が不当であるとする原告の主張)

本件における原告の損害は、被告が、商品取引の何たるかについて全く知識も経験も有しない原告に対して、出資のために借金までさせて、被告のみが利益を得られればよいとする意図のもとに、原告にとっては何の利益もない取引を無理矢理開始させたことによる結果である。本件のような不行為については、仮に原告に過失があったとしても、被告において、この過失を十分に予想し、しかも、これを積極的に希望ないし容認している。してみると、原告の過失は被告によって招来されたというべきであって、このような場合に、公平の原則に基づく過失相殺を適用すること自体が不適当であって、被告に負担させるべき損害額を減額すべき理由は全くない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  当事者

被告が商品取引所法に基づき各種商品の売買等を目的として昭和三三年一〇月二八日に設立された商品取引所員であることは、原告が昭和三五年二月四日生れで、工業高校を卒業後a株式会社に勤務する者であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、同社において真珠の穴開け作業に従事しており、本件に勧誘されるまでは商品先物取引につき知識も経験も皆無であったことが認められる。

二  商品取引の経過

原告本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第一ないし第六号証、成立に争いのない甲第二二号証、第三九号証、乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし八、第一一号証、第一二号証の一ないし一八、第一三号証の一、二、第一四号証の一ないし九、第一五号証の一ないし九〇、第一六号証の一ないし二〇、第一七号証の一ないし六六、第一八号証の一ないし三五、第一九号証の一ないし一七、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一ないし一六、第二二ないし第二四号証、第二六号証、第三〇号証、第三一号証、第三二号証の一ないし九〇、第三三号証の一ないし二〇、第三四ないし第三八号証、第四〇号証、第四二ないし第四四号証、第四五号証の一ないし六六、第四六号証の一ないし三五、第四七ないし第四九号証、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)(甲第二二号証、乙第三四、三五号証、第四八号証、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)のうち、後記認定に反する部分は措信することができない。)によれば、次の各事実が認められ(なお、理解の便宜のために争いのない事実も認定事実の中に記載する。)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被告会社の登録外務員として商品取引の勧誘業務を担当していたBは、原告に対し、昭和六〇年二月一三日、原告の卒業した高等学校の卒業者名簿(乙第三〇号証)に基づき、原告の勤務先に先物取引勧誘の電話をなし、同月一六日には面会の約束のもとに原告の勤務先応接室で約五〇分間面会した。この際、Bは、原告に対し、会社案内(乙第二二号証)による被告会社の概要説明(追証拠金の説明を含む。)、「目で見るゴム」(乙第二三号証)によるゴムの状況説明、被告会社作成のゴムの値動きの変動状況を示すグラフ(乙第二六号証)(Bが示した当時は最後から二本目までのグラフまでの記載がなされていた。)による価格変動の要因及び変動の経過についての説明、日本経済新聞の記事(乙第二五、第二八号証)による神戸ゴム取引所のゴム取引価格の説明、ゴムの価格が上昇時期にあることの説明などをなした。このような一般的な説明をするなかでの原告との会話によって、Bは、原告には先物取引の経験が皆無で、取引の仕組、投機的な性格について全く知識がなく、自分のなした通り一遍な説明によっては先物取引の危険性につき十分な理解をなしておらず、したがって、大きな損失のあることを認識し、なおその損失を覚悟のうえで、自ら相場を読み積極的に利益を得ようとする意欲のないこと、また、原告にはさして余裕資金のないことを認識していた。Bは、このような原告に対して取引の勧誘をするために、ゴム取引の危険性につき十分な説明をなさないまま、「今やらないとあなたは損をしますよ。これは絶対儲かることなので、中には借金してまでやって儲かっている人もいます。あなたもやってみませんか。」と、さも安全確実な投資であるかのような説明をなした。

2  原告はBの前記説明を聞き、先物取引を開始するに当たっては差し当たり金一四〇万円の証拠金が必要であるが、高利のサラ金からの融資金をもってこれに充てたとしても、被告会社の指示に従っていれば結果的に利益を上げられるであろうと考え、短期間の投資をするようなつもりで、同月二〇日、原告の勤務先応接室において、被告と神戸ゴム取引所の商品市場における売買取引委託契約をする旨の合意をなした(但し、証拠金払込は同月二二日であり、この日に正式に契約が成立したことにつき当事者間に争いがない。)。その際、Bは原告に対し、受託契約準則(乙第三号証)に基づき「危険開示告知書」(乙第二号証)を、更に、「商品取引委託のしおり」(乙第五号証)を交付し、原告はBに対し、「商品取引委託のしおりの受領について」と題する書面(乙第四号証)に署名・押印のうえこれを交付した。

3  原告は、前同日又は翌二一日に、Bに対して、電話で自分には全く余裕資金がないがどうしたら良いかと相談をしたところ、Bは、「アコム」「レイク」「武富士」なら金利もさほど高くはないと答えたので、原告はBから聞いた通り、同月二一日にサラ金業者「アコム」から金五〇万円の借金をし、更に、同月二二日にはBも同行したうえ、サラ金業者「レイク」及び「武富士」からそれぞれ金五〇万円の融資を受け、その内から金一四〇万円を証拠金としてBに交付した。

4  同月二六日ころ、被告会社大阪支店営業一課の課長C(Bの勧誘直後の取引から同年四月一七日午前の取引までを担当)から電話があり、ゴムが暴落したので追証拠金を入れるよう要求してきた。原告は追証金の意味さえ理解していなかったが、これは単なる数字上のことで必ず上がるし、追証金を入れなければ今までの出資金が返ってこないといわれたためそれを信用するしかなく、やむなくまた借金をして同年三月八日に金五〇万円、同月一一日には金九〇万円の追証金を預託した。

5  原告は、C及び同社営業二課長D(同日午後の取引からCの後任として最終の取引までを担当)の勧めに応じて、被告との間で、同年三月二〇日には東京工業品取引所の商品市場における銀の売買取引の委託契約を、同年五月一六日には大阪穀物取引所の商品市場における小豆及び輸入大豆の売買取引の委託契約を、更に、同年七月二〇日には豊橋乾繭取引所の商品市場における乾繭の売買取引の委託契約を相次いで締結した。

このようにして締結された各取引の経過は、ゴムについては別紙売買取引一覧表(一)、銀については同一覧表(二)、小豆及び輸入大豆については同一覧表(三)、乾繭は同一覧表(四)記載のとおりであり、建玉から手仕舞までを一回の取引として、昭和六〇年二月二二日から同年一〇月二四日までの二四五日間に合計一一二回の取引をなし、原告は別紙入出金一覧表の証拠金入金欄記載(新規入金に限り、振替入金分は除く。)のとおり委託証拠金として昭和六〇年二月二二日から同年一〇月一七日までの間八回にわたり合計金五四三万円を預託し、帳尻金入金欄記載(前同様)のとおり損失補填金として昭和六〇年六月一九日及び同月二八日の二回にわたり合計金八〇万円を支出し、本件取引終了により、原告は昭和六〇年一一月一日に被告から清算金として金二四万九二〇〇円の返還を受けた。

なお、原告は、右合計金六二三万円のうち、約金三八〇万円は身内である妻及び父からの借入、残額はいずれもサラ金、銀行及び知人からの借金によりなしたものである。C及びDは、原告から追証拠金の準備に一週間近くかかること、一度には準備できずに分割して預託することなどを原告から聞いており、これが単に仕事の都合ではなく、借金をするための猶予期間であることを十分に認識していたものと推認することができる。

6  ところで、前記一一二回の取引において、原告は、前記C及びDと電話連絡を約四〇〇回(その内、コレクトコールによる電話は一八八回)なしている(この中には、C、Dが不在又は他と電話中のために掛け直したものも相当数含まれている。)が、コレクトコールによる電話連絡と前記認定の各取引がなされた日時とが対応しているので、本件各取引は原告の形式的には合意のもとになされた。

7  しかし、原告は、取引の当初からBの発言に反して損失が発生し、その後も損失が拡大していったことにあせりを覚え、Cに損失を回復するための指示を仰いだ。これに対し、Cは、両建て処理が既に生じた損失を回復するか若しくは損失を拡大するのを防止するために有効な手段であると説明したり、小刻みな建て落ちによって利益を確定させることができる旨の指示をするなどした。そこで、原告は、Cの指示の意味するところをほとんど理解しないまま、藁をも掴む気持でCの言うがままの頻繁な建て落ち(無意味な反復売買)、両建てなどの取引をなし、損失が拡大すると更に追証拠金を預託してきた。担当がDに代ってからは、原告はDから頻繁な取引を自重するよう、多少のアドバイスがなされたことも窺われるが、この段階の原告は、益々増大する損失を前にして冷静な対応をする余裕は全くなく、少しでも損失を取返そうと、従来指示された取引態様を無反省に繰返すしかない状態に陥っていた。Dはこのような原告に対し、前記のような形式的なアドバイスを越えて、有効適切なアドバイスをなした形跡がなく、そして、結果的に売買取引による損金が金一五七万三四〇〇円、手数料が金四四〇万七四〇〇円、合計金五九八万〇八〇〇円の損失となったところで、原告は本件取引を終了した。

三  法的主張

1  詐欺よる不法行為

前記認定の取引の経過によっても、原告が当初から損失を被らずに絶対確実に利益が上げられると考えていたとは認められず、取引開始直後から既に具体的に損失が発生したため、この損失を回復するために四〇〇回もの電話による連絡をとるなどして合計一一二回の頻繁な取引に出ているが、これは、利益が上がることが確実であると誤信したうえの行動ではなく、損失の拡大を目の前にした混乱状態の中で少しでも損失の減少を計ろうとしてなされたものと認められる。してみると、この段階では益々はっきりと損害が拡大する可能性のあることを認識していたものと認められる。以上の事実関係からすると、原告は、Bらの本件取引に関する発言によっても、未だ本件取引が確定的に利益のみを生じ、損失を被ることがないとまで確信したものとは認められず、他に、原告が本件取引により損失を被ることがないと誤信していたことを認めるに足りる証拠がない。

2  取締法規違反等の不法行為

商品先物取引は、差金の授受によって決済することのできるものであり、取引時点で商品の現物及び売買代金の全額がなくとも売買できる点に特色があり、総代金の一割程度の少額な委託証拠金で多額の取引ができ、手続きが簡素であって、短期間に清算することができるなどの利点がある反面、一旦売買差損が発生すると、その損害は莫大な額になり、しかも、それが極めて短期間のうちに生ずる場合があり、価格要因が世界的事象にわたるため、商品相場の予測が極めて困難であって、統計上、商品取引者の利得者は全体の三割程度で、残りの七割が損失者となっており、極めて危険な取引であるとされている。

商品取引の右のような危険な性格から、一般大衆の不測の損害を予防するために、商品取引法上各種の条項が規定されている。この商品取引法の条項には罰則規定がなく、「指示事項」及び「協定」は業者の内部的取決めであってその違反自体が直ちに違法となるべき性質の規範ではない。しかし、これらの遵守事項に対する違反の態様が著しい場合には、商品先物取引上社会的に許容される限度を越え、相当性を欠いた取引方法として、行為者に対し取引行為によって顧客に与えた損害の賠償を命ずるのを相当とするだけの違法性を帯びる場合があるというべきである。

(一)  本件取引の特徴は、前記認定の取引の経過によって明らかなように、わずか二四五日間に合計一一二回もの商品取引が繰返され、その取引による結果が、Bの発言と裏腹に売買により利益が出るどころか金一五七万三四〇〇円もの差損で終了しているうえに、手数料がその約三倍にも相当する金四四〇万七四〇〇円となっており、取引の回数が増えるほど、売買差損が拡大するとともに、手数料が確実に増大し、結局、多少利益がでた取引でさえもその利益はほとんど全部手数料に食い潰されてしまっており、取引全体を通じて被告のみが確実に利益を得る結果となっていることである。

ところで、被告は、原告が本件取引において損失を被ったのは、全て原告が自発的に取引行為をなした結果であると主張する。確かに、前記認定のとおり、各取引には形式的には原告の同意があると言いうる。しかしながら、事の実質を検討すると、被告は、先物取引の何たるかにつき全くと言って良いほど知識も経験もなく、また、取引が進むにつれて拡大する損失を前にして、被告の指示に従うほかなすすべを知らない原告に対し、実質的に手数料稼ぎ以外の何物でもないと認められるような取引をなすように指示し、被告の意のままの取引に原告を引きずり込んだと言うのが実情であると認められる。そして、本件取引経過全体を通じて、被告によって前記指示事項に違反する行為がなされており、その違反の態様が社会的相当性を欠いたものと評価しうる程度に達しているものと認められる。

(二)  すなわち、前記認定の各事実及び成立に争いのない甲第七ないし第二一号証、第二三ないし第二七号証、第二九ないし第三八号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件取引の経過をみると、次のような特徴が認められる(なお、ここでも、理解の便宜のために争いのない事実も認定事実の中に記載する。)。

(1) まず、第一は、投機性の説明が不十分なことである。確かに、Bは、「商品取引委託のしおり」などの交付はしているが、ゴム取引の危険性につき十分な説明をなさないまま、「今やらないとあなたは損をしますよ。これは絶対儲かることなので、中には借金してまでやって儲かっている人もいます。あなたもやってみませんか。」などと、さも安全確実な投資であるかのような説明をなすことは、指示事項により禁止されている。

(2) 取引の態様としての第一は両建てであるが、これは、既存の建玉について手仕舞し仕切り清算する代りに、この既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てることをいう。通常は既存玉に評価損が生じ、追証等の問題が発生している段階においてなされるものであるが、理論上は、同一商品につき売り買いがほぼ対当し、両建て状態が続く限り、その後の相場の変動如何に拘らず両建てした時点での評価損益が計算上確定することになり、自分から進んで相殺注文を出していることになる。そして、その後手仕舞すれば手数料が必ず二倍となるわけであり、業者にとって大きな利益となるものである。

他方、委託者にとっては、両建てをその後両方共利益をとって仕切ることは実際上不可能に近く、両建ては双方から証拠金を徴収されなかった時代に、迷ったときに様子を見るために用いたり、追証拠金を準備する時間稼ぎのために用いられた手法であって、今日これを行なう意味はないとするのが定説である。

このような現実をふまえて、先物取引業界も登録外務員に対するその必携テキスト中に「両建て処理は端的に言えば、ほぼ決定的になった損失額を後日に繰越すにすぎない消極的な手段であって、局面の好転をはかることは至難に近いことであるから、未熟な委託者等に対してとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得・指導すべきである。」と記載することにより両建てを行なうことの危険性を説いている。してみると、被告としては、原告の建玉に損が出たときは、「見切り千両」と言われるように一旦取引を終了するようアドバイスするべきであると考えられる。それに引換え、両建て処理があたかも既に生じた損失を回復する有効な手段であるかのごとく説明して、これを積極的に勧誘するようなCの行為は、手数料稼ぎの目的をもってなしたアドバイスであると考えられても仕方のない社会的相当性を欠いたものであると言うべきである。

(3) 次に頻繁な建て落ちの繰返しであるが、例えば、昭和六〇年四月一〇日から同月一八日までと同年六月一〇日から同月二四日までに売り又は買いを反対の方に次々と転換している途転が認められ、この期間だけでも、前者では売買損金が金一七万五五〇〇円、手数料が金五九万五〇〇〇円、後者では売買損金が金六九万四四〇〇円、手数料が金五〇万五六〇〇円となっており、本件取引期間全体を通じてみても二四五日間で一一二回の取引回数という頻繁な建て落ちの繰返しによって、被告にとってのみ利益のある取引となっている。

被告がいかように弁解しようとも、本件取引の期間全体を通じて 度を越した頻繁な建て落ちの繰返しは、形式的には原告の指示によるものと見られるとしても、原告がこのような取引の結果の意味するところを多少でも理解していれば、自発的にこのような未熟かつ無謀な形態の取引指示をすることは有り得ず、実質的にはCらの指示に原告が盲目的に従ったものであると言う他はない。

(4) しかも、原告には手持資金がなく、サラ金からの借金を含め、支出した資金はいずれも借受けにかかるものである。商品取引は、危険性の極めて高い取引であるので、事柄の性質上、余裕資金をもってするのが望ましいのであって、いわゆる高利のサラ金からの借金を資金とするがごとくは、商品取引において大きな損失が出たときには、取返しのつかない重い負担のために生活そのものを破綻させてしまう危険性をもっている。してみると、Bらは、原告が余裕資金により本件商品取引を開始したのでないことを認識していたのであるから、当初から取引を思いとどまるよう指導するか、少なくとも、現実に損失が発生した段階にあってはなおさらのこと、損失を広げる危険のある取引の拡大は中止するよう指導すべきところ、なおも拡大するよう勧誘したことは社会的相当性を欠く行為であると言える。

(三)  以上のとおり、B、C及びDの行為は、本件取引の勧誘から一連の取引全体において、原告の利益を顧みず、被告のみが確実に利益を上げるような取引方法を選択して、その結果、原告に損害を与えたものであると評価することができる。このような行為は、指示事項に違反していることとも相俟て、著しく社会的相当性を欠くものと言うことができ、したがって、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

3  請求原因3(一)の事実のうち、被告会社が委託証拠金詐取を業とする会社であることは、これを認めるに足りる証拠がなく、前記認定事実によれば、同3(二)の事実が認められるので、被告会社は民法七一五条により、原告に対し後記損害を賠償する責任を負う。

四  損害

1  委託証拠金の預託及び帳尻損金の補填金支出

原告は、被告に対し、前記認定のとおり、本件取引の委託証拠金として金五四三万円を預託し、帳尻損金の補填金として金八〇万円を支出したが、昭和六〇年一一月一日の取引終了にともない、被告から金二四万九二〇〇円の返還を受けているので、金五九八万〇八〇〇円の支出をしたことになり、被告の前記不法行為により右同額の損害を被ったものである。

2  慰謝料

財産的損害の賠償によっても回復され得ない特別の損害があることについては、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

3  過失相殺

原告は、被告が原告に損害を与える故意がある場合には過失相殺の適用がなされるべきではないと主張するが、本件のような取引行為によって発生した不法行為においては、仮に被告において原告が損失を被る可能性の高いことにつき認識していたとしても、それのみで当然に原告の過失相殺が否定さるべきものではなく、原告がその取引を途中で自発的に終了していれば損害の拡大を防止することができた関係にあるのであるから、取引行為の開始から終了に至るまでの原告の関与の程度、損害拡大についての認識の度合いなどの諸般の事情を総合考慮したうえ、その損失の拡大に対して負うべき原告の落度を勘案して過失相殺をすることは当然許容されるべきであると解される。

なお、右のような検討をしたうえで、原告に損失の拡大につき全く落度が認められない場合であれば、過失相殺が否定されることになることは言うまでもない。

そこで、原告に落度があるかどうかを検討すると、当初、原告がBと面会した段階において、先物取引の説明を受けた際(前記認定のとおり、原告は、ゴム相場の価格がかなり大きく変動するものであるとすることにつき具体的に説明を受けたと認められる。)に、相場がかなり大幅な変動をするということにつき一般的な意味での認識を持ったと認められる。それにもかかわらず、本件具体的な取引においては一般的な危険性と裏腹に、確実に利益のみが得られ、損失を被ることは有り得ないと単純に判断するに至ったとすれば、Bの勧誘が巧妙であったとしても、原告のように職業に従事し、思慮分別を有すると認められる者にとって、いかにも軽率の謗りを免れず、また、取引が進行するにつれて、先物取引は危険性が高く相場の変動がかなり激しいものであることにつき分り始め(被告から毎月送られてくる残高照会書によっても損益状況を把握することができたと考えられる。)、現に、最初に開始したゴムの取引についてほぼ悉く原告の予想に反する相場展開となっており、何回も追証拠金を預託する事態となり、比較的早期の段階で、本件取引を継続しても利益を上げることが困難であると認識すべき状況にあったことが認められたこと、とりわけ、担当者がDに代ってからは、あせりの見える原告は、Dから落着きをもって対処するよう注意されていたことも窺われ、度重なる損失を回復するためにあせりから出た行動であることを割引したとしても、原告に過失相殺すべき落度が全くなかったと評価することはできず、本件取引経過における諸般の事情を総合すると、原告に生じた損害額のうち三割につき過失相殺するのが相当であると判断する。

したがって、被告によって賠償されるべき原告の損害額は金四一八万六五六〇円となる。

4  弁護士費用

原告が訴訟代理人に本訴の追行を委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、本件事件の性質、審理経過等に鑑みると、前記損害額の約一割に相当する金四〇万円をもって本件不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、不法行為(民法七一五条)による損害賠償請求権に基づき、金四五八万六五六〇円及びこれに対する原告が被告の不法行為により最終の委託証拠金を預託した日である昭和六〇年一〇月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林圭介)

〈以下省略〉

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